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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)1625号 判決 1993年8月10日

原告

西山加代子

ほか一名

被告

金政男

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、

1  原告西山加代子に対し、金三〇四万八五二三円及び内金二七六万八五二三円に対する昭和六三年三月九日から、内金二八万円に対する平成五年八月一一日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  原告西山理に対し、金三一万八〇〇〇円及び内金二八万八〇〇〇円に対する昭和六三年三月九日から、内金三万円に対する平成五年八月一一日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中原告西山加代子と被告らの間の分は、これを一〇分し、その七を同原告の、その三を被告らの各負担とし、原告西山理と被告ら間の分は、全部同原告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

以下、「原告西山加代子」を「原告加代子」と、「原告西山理」を「原告理」と、「被告金政男」を「被告金」と「被告神戸阪神タクシー株式会社」を「被告会社」と、各略称する。

第一請求

被告らは、各自、

一  原告加代子に対し、金九二七万九〇六〇円及び内金八四二万九〇六〇円に対する昭和六三年三月九日から、内金八五万円に対する平成五年八月一一日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二1  (主位的)

原告理に対し、金一九四三万円及び内金一七九三万円に対する昭和六三年三月九日から、内金一五〇万円に対する平成五年八月一一日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的)

原告理に対し、金六一四万三八三六円及び内金五六四万三八三六円に対する昭和六三年三月九日から、内金五〇万円に対する平成五年八月一一日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車(タクシー)の乗客であつた者が、同車両から下車する際閉扉に着衣を挟まれたのに同車両が急発進したため、路上に転倒して負傷したとし、併せて、同被害者の夫が同被害者の看護のため損害を被つたとして、同車両の運転者に対し民法七〇九条に基づき、同車両の保有者に対し自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償の請求をした事件である。

一  争いのない事実

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。

2  被告らの本件責任原因(被告金につき、乗客を下車させ自車を発進させる際の安全不確認の過失=民法七〇九条所定。被告会社につき、被告車の本件事故当時における保有=自賠法三条所定。)の存在。

3  原告加代子は、右事故により右上腕骨骨折の受傷をし、次のとおり通院した。

安藤医院 昭和六三年三月九日から同月二五日まで通院。

山本リハビリテーション整形外科クリニツク(以下、山本整形外科という。) 昭和六三年三月二八日から平成二年一月一〇日まで通院(実治療日数一五七日)

4  原告加代子に障害等級一三級四号該当の後遺障害(歯牙欠損)が残存した。

5  原告加代子は、自賠責保険金金一三七万円(後遺障害関係)の支払いを受けた。

二  争点

1  原告らに共通の関係

(一) 原告加代子の本件受傷の具体的内容及び本件事故と相当因果関係に立つ治療期間。

原告らの主張

(1) 右顔面・右手・右肩甲部挫傷、右上腕骨骨折、右顔面等打撲による前歯四本欠損脱落、外傷性頸部症候群。

(2) 安藤医院・山本整形外科(前記争いのない事実のとおり。)

合原病院(歯科) 昭和六三年五月三〇日から同年七月二八日まで通院(実治療日数一二日)。

神戸市立中央市民病院 平成二年四月一一日から同年八月八日まで通院(実治療日数四日)。

被告らの主張

(1) 原告ら主張(1)中上腕骨骨折は認めるが、その余の主張事実は争う。

(2) 原告ら主張(2)中安藤医院・山本整形外科の治療期間そのものは認めるが、その余の主張事実は争う。

しかしながら、山本整形外科の全治療期間が本件事故と相当因果関係に立つとの主張は争う。

原告加代子の本件受傷中右上腕骨骨折は、安藤医院の担当医師安藤博之(以下、安藤医師という。)の医療過誤によりその治療期間が長期化したものであるが、それでも、昭和六三年五月一九日にギブスを除去し、同年七月に骨癒合している。

したがつて、同傷病の本件事故との相当因果関係に立つ治療期間(以下本件相当治療期間という。)は、最長でも昭和六三年年七月末までとみるべきである。

仮に、原告加代子が本件事故により外傷性頸部症候群の受傷をしていたとしても、所謂鞭打ち損傷の場合、衝撃の程度が軽微で軟部組織に止まつている限り、三週間ないし一か月程度で社会復帰するのが通常とされており、したがつて、右原告の同外傷性頸部症候群に対する本件相当治療期間は、本件事故後一か月程度と認めれば足りる。

2  原告らの本件損害の具体的内容(弁護士費用を含む。)

特に主張が対立する主要損害費目

(一) 原告加代子関係

(1) 山本整形外科における未払治療費 金二〇七万五四八〇円

原告加代子の主張

原告加代子の山本整形外科における治療期間は、前記のとおりであるが、同病院における治療費中昭和六三年八月から平成二年一月の分合計金二〇七万五四八〇円が未払いである。

被告らの主張

原告加代子の右主張事実は認める。

しかしながら、右未払治療費には、被告らにおいて責任を負わない部分があるし、更に、本件事故と相当因果関係のない部分が含まれている。

その理由は、次のとおりである。

(a) 原告加代子の山本整形外科における治療期間の長期化が安藤医師の医療過誤にあることは、前記主張のとおりであり、したがつて、同人の同医療過誤によつて拡大された損害(治療費)については、被告らにそれを負担する責任がない。

(b) 山本整形外科における未払治療費が金二〇七万五四八〇円であることは、原告加代子主張のとおりであるが、それに加えて被告らの既払治療費合計金二二六万四七八〇円があり、結局、同病院における治療費の総計は、金四三四万〇二六〇円となる。

山本整形外科における治療費が右高額過大となつた原因は、同病院の原告加代子に対する運動療法及び作業療法の診療報酬算定にある。

即ち、右病院の原告加代子に対する治療費の大半は、運動療法及び作業療法によるものであるが、同病院では、同人に施した同運動療法及び作業療法(以下、本件運動療法及び作業療法という。)を、複雑療法(これに対する療法を簡単療法という。)によるものとして、その診療報酬を算定している。

しかしながら、本件運動療法は、二〇分程度の指先マツサージであり、又、本件作業療法も、玉を箸で運んだりローラーを引つ張つたりする作業を三〇分程度行う単純なものに止まり、複雑療法として高い診療報酬点数(簡単療法の約二・五倍の三三五点)を算定できる内容のものでなかつた。

したがつて、本件運動療法及び作業療法の診療報酬は、簡単療法の診療報酬点数(一三五点)によつて算定すべきである。

又、運動療法及び作業療法は、その内容から判断して、健康保険で実施が不可能とは考えられないので、診療報酬基準は、健康保険と同じ基準(一点金一〇円)で算定すべきである。

山本整形外科における右治療費を右基準にしたがつて算定すると、同治療費総額は、前記既払治療費をもつて全額支払ずみとなる。

(2) 原告加代子の本件後遺障害による逸失利益 金一九九万二〇〇〇円

原告加代子の主張

(a) 原告加代子に障害等級一三級四号該当の本件後遺障害が残存していることは、前記のとおりである故、同人は、同後遺障害により、その労働能力の九パーセントを喪失した。

(b) 同人は、本件事故当時、六一歳の女性であり、家事に従事するとともに、夫である原告理とともに六甲工業所を経営していた。

しかし、原告加代子の右六甲工業所経営に対する寄与度が明確でないから、同人の本件後遺障害による逸失利益算定の基礎収入は、昭和六三年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・全労働者の平均賃金年額金三三六万〇八〇〇円とする。

(c) 同人の就労可能年数は、八年である。

(d) 右各事実を基礎として、同人の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ホフマン式計算法により中間利息を控除して算定すると、金一九九万二〇〇〇円となる(ホフマン係数は、六・五八九。千円未満切捨て。)。

336万0,800円×0.09×6.589=199万2,000円

被告らの主張

原告加代子の主張事実中同人に障害等級一三級四号該当の本件後遺障害が残存することは認めるが、その余の主張事実及び主張は争う。

同人の本件後遺障害の内容は歯牙欠損であるが、歯牙欠損については労働能力の低下を来さないというのが一般である。

よつて、同人についても、その主張にかかる本件後遺障害による逸失利益は、存在しない。

(二) 原告理関係

(a) 逸失利益(休業損害)(主位的) 金一七四三万円

ⅰ 原告理は、原告加代子の夫であるところ、本件事故当時、六甲工業所を経営していたが、同工業所で販売する商品の全ては、原告理が同人の特許発明によつて製作した機械類であつた。

同人は、同事故当時、立体駐車場の製作及び回転力倍増のクランク軸の発明に取り掛かつていた。

ⅱ ところが、原告加代子が同事故により本件受傷をしたため、原告理は、昭和六三年三月九日から七二日間、毎日一五・五時間の看護と介護に追われ、その後一二三日間、少なくとも毎日四時間以上の看護と介護に時間を取られ、右工業所の経営は勿論、右発明にも従事することができなかつた。

しかして、原告理の右期間内における収入は、定時時間内分一時間金一万円、定時間外分金一万二五〇〇円であつたから、同人は、右期間を通じて、総額金一七四三万円の得べかりし利益を失つた。

なお、右算定の基礎は、次のとおりである。

右七二日間における定時間内労働一日八時間、定時間外労働七・五時間。

右一二三日間は定時間労働一日四時間。

(b) 付添看護費(予備的) 金五一四万三八三六円

仮に、前記休業損害の主張が認められないとしても、原告理の原告加代子に対する付添看護(以下、本件付添看護という。)の費用は、次のとおりとなる。

原告理の本件付添看護に要した期間・一日に要した時間は、前記のとおりであるところ、原告理が経営していた六甲工業所の給与は一か月金四二万円、賞与は一か年金九〇万九五〇〇円であつたから、時間給は、金二九五一・一四円となる。

しかして、前記七二日間の付添看護期間中一日一五・五時間には、当然残業時間も含まれるから、その間における一日の労働時間は、一七・三七五時間となる。

右各事実を基礎として、原告理の本件付添看護費を算定すると、総計金五一四万三八三六円となる。

なお、右七二日間の分合計金三六九万一八七六円、右一二三日の分合計金一四五万一九六〇円。

(c) 慰謝料 金五〇万円

原告理は、原告加代子の夫として、前記のとおり原告加代子の付添看護に当たり、そのため、心身ともに疲労して胃病に罹患し安藤医院において治療せざるを得なかつた。

原告理の被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、金五〇万円が相当である。

被告らの主張

(a) 原告理の主張事実中原告理が原告加代子の夫であること、原告加代子が本件事故により受傷したことは認めるが、その余の主張事実及び主張は全て争う。

原告加代子の本件受傷の内容からみて、本件において、同人に対する付添看護が必要不可欠とは考えられない。

又、原告理は、その主張によつても、自宅で発明活動等の作業に従事していたのであるから、原告加代子の付添看護をしながら右作業に従事することが十分に可能であつた。

したがつて、原告理に、その主張するような逸失利益(休業損害)や付添看護費を認める理由に乏しいというべきである。

仮に、原告加代子に本件付添看護が必要であつたとしても、同付添看護が原告理でなければならない必然性は皆無であり、したがつて、同人の、付添看護相当額を上回る逸失利益(休業損害)の主張請求は、相当因果関係の範囲を逸脱して許されるべきでない。

(b) 原告理の主張事実中原告理が原告加代子の夫であることは認めるが、その余の主張事実及び主張は全て争う。

本件事故の受傷者は原告加代子であつて、原告理は原告加代子の夫たる地位を有するに過ぎないから、原告理に本件慰謝料の請求は認められない。

即ち、身体傷害を理由とする慰謝料請求は、受傷者のみがなし得るのが原則であり、近親者の慰謝料請求が例外的に認められるのは、生命侵害に比肩すべき場合に限定されるところ、本件において、原告加代子の本件受傷の具体的内容は右上腕骨骨折・外傷性頸部症候群に止まるのであつて、同受傷の具体的内容が、右生命侵害に比肩し得べき場合に該当しないことは明らかだからである。

3  損害の填補

被告らの主張

被告らが原告加代子の山本整形外科における治療費として既に金二二六万四七八〇円を支払つたことは、前記のとおりである。

しかして、右既払治療費の内本件事故と相当因果関係を有する治療費を超える部分は、原告加代子の主張する他の本件損害費目に対する填補として、充当されるべきである。

原告加代子の主張

被告らの右主張事実及び主張は全て争う。

第三争点に対する判断

一1  原告加代子の本件受傷の具体的内容

(一) 原告加代子が本件事故により右上腕骨骨折の傷害を受けたことは、当事者間に争いがない。

(二) 証拠〔甲八、一〇の1、一四の1、原告加代子本人(一回)、弁論の全趣旨。〕によれば、原告加代子は、本件事故により、外傷性頸部症候群、右肩鎖関節挫傷、右顔面・右手挫傷、頭部外傷、前歯歯根破損一・欠損二・歯冠破損三の各傷害を受けたことが認められる。

2  原告加代子の治療期間中本件事故と相当因果関係に立つ治療期間

(一) 安藤医院・山本整形外科関係

(1) 原告加代子の安藤医院・山本整形外科における治療期間そのものは、当事者間に争いがない。

ただし、証拠(甲八)によれば、原告加代子が安藤医院へ通院した実治療日数は、九日であることが認められる。

(2) 原告加代子の山本整形外科における治療期間と本件事故との間の相当因果関係の存在について争いがある。

そこで、右争点について判断する。

(a) 証拠〔甲八、一四の1、2、乙二の1ないし17、五、原告加代子本人(一回)、弁論の全趣旨。)によれば、次の各事実が認められる。

ⅰ 安藤医師は、本件事故後の昭和六三年三月二五日頃、原告加代子の右上腕に皹裂骨折の疑いありとして、同人を山本整形外科に紹介をし、同人は、同年同月二八日、山本整形外科において初診察を受けた。

ⅱ 山本整形外科担当医師山本剛(以下、山本医師という。)は、同月二九日、原告加代子が右側肩関節部に疼痛を訴えるので、X線検査を行つたところ、右上腕骨が右側肩関節内において骨折しているのを発見し、ギブス固定をしギブス内の疼痛に対して低周波通電の治療を開始した。

山本医師の右受傷に対する所見は、次のとおりである。

安藤医師の許においては、内科様X線のみで原告加代子の右側肩の深部まで撮影できなかつたため、同人の右上腕骨骨折の存在を発見するに至らず、同骨折に対して何ら治療を施さずに、同人の右手が動き難いとの訴えを無視して約二〇日も放置していた。

原告加代子の右受傷に対し正しい治療を施していたならば、三週間で大分仮骨ができていたはずである。

しかしながら、原告加代子の右受傷は、右事情により、正しい治療が行われていなかつたため、治癒するのに日数を要すると判断する。

ⅲ 山本整形外科における治療の結果、原告加代子に固定された右ギブスは、同年五月一九日に除去され、同年七月三〇日現在、骨癒合ができ殆ど癒合しているが、右ギブス固定のための周囲筋肉痛が未だ甚だしい状態であつた。

ⅳ 山本医師の同年九月二八日現在における診断内容は、次のとおりである。

骨折部に対応する肩より上腕に対応する筋肉に軽い拘縮があり、骨折部の骨の癒合は非常に良好だが、筋肉の拘縮の残存は、骨折部を固定したために生じたもので、その内に疼痛は、次第に除去されて行くものと考えられる。

ⅴ 原告加代子の本件受傷中に外傷性頸部症候群の傷病が存在したことは、前記認定のとおりであるが、同人が昭和六三年三月二八日から同年九月二八日までの間に山本整形外科において受けた治療は、主として右上腕骨骨折に対する治療であり、外傷性頸部症候群に対する治療は従たるものであつた。

現に、山本医師の原告加代子に対する昭和六三年三月二八日から同年九月二八日までの治療関係診断書には、原告加代子の本件傷病名として外傷性頸部症候群が掲げられているにもかかわらず、同傷病に関する治療経過及び治療の見通しについて一言も触れられていない。

ⅵ 原告加代子の山本整形外科への実治療日数は、昭和六三年八月一日以後激減しているし、同人も、同年九月頃には、腕の痛みも良くなつて来たと意識し始めた。

しかして、同人の昭和六三年三月二八日から同年九月三〇日までの右実治療日数は、一二八日である。

(b) 右認定事実に基づくと、当事者間に争いのない、原告加代子の山本整形外科における前記治療期間全部を本件相当治療期間と認めることはできず、むしろ、同療期間中昭和六三年三月二八日から同年九月三〇日までを本件相当治療期間(実治療日数一二八日)と、しかも、同人の右上腕骨骨折・外傷性頸部症候群を含む本件受傷の全て(ただし、同人の前記認定にかかる歯牙損傷を除く。)は、遅くとも昭和六三年九月三〇日には、主観的にはともかく、客観的には治癒したと認めるのが相当である。

(c) 被告らにおいて、原告加代子の山本整形外科における治療の長期化は安藤医師の医療過誤によるものであるから、被告らが負担するのは同医療過誤がなかつた場合の治療期間内の損害である旨の主張をしている。

確かに、前記認定事実に基づくと、安藤医師に前記認定の所謂医療過誤に相当する治療があつたことが認められる。

しかしながら、被告らが主張する、安藤医師に右医療過誤に相当する治療がなかつたならば認められるであろう所謂正常の治療期間については、山本医師の前記認定にかかる所見以外に、同主張事実を認めるに足りる証拠、特に医学的に的確な証拠がない。

山本医師の右所見では、未だ正確な右治療期間を確定するに至らないし、関係文書(乙六)の関係記載部分によつても、それが原告加代子の具体的症状とその具体的治療状況に即妥当するとまで認めるに至らない。

したがつて、被告らの右主張は、右認定説示の点で、理由がなく採用できない。

ただ、安藤医師に右認定の治療があつたこと、それが原告加代子の山本整形外科における治療期間を長期化したことは前記認定から明らかであるから、同各事実は、被告らの主張にそつて、原告加代子の本件治療費の算定において斟酌するのが相当である。

右各認定説示に反する被告らのその他の主張は、当裁判所の採るところでない。

(二) 合原病院関係

(1) 原告の本件受傷中に歯牙欠損があることは、前記認定のとおりである。

(2) 証拠〔甲一〇の3、原告加代子本人(一、二回)、弁論の全趣旨。〕によれば、原告加代子は、昭和六三年五月三〇日から同年七月二八日まで、合原歯科クリニツクに通院(実治療日数一二日)して、右受傷の治療を受けたこと、同受傷は、同年七月二八日、症状固定したことが、認められる。

(3) 右認定事実を総合すると、原告加代子の合原病院への通院期間も、本件相当治療期間と認めるのが相当である

(三) 神戸市立中央市民病院関係

原告加代子は、同人において本件受傷治療のため平成二年四月一一日から同年八月八日まで右病院へ通院(実治療日数四日)した旨主張している。

しかしながら、同人の本件受傷の全てが客観的には遅くとも昭和六三年九月三〇日に治癒したと認めるのが相当であることは、前記認定説示のとおりである。

右認定説示に照らすと、同人の右主張にかかる右病院への通院の事実が認められるとしても、同通院と本件事故との間にもはや相当因果関係の存在を認め得ないというべきである。

よつて、原告加代子の右病院への通院治療期間は、本件相当治療期間とは認め得ない。

二  原告らの本件損害の具体的内容

1  原告加代子関係

(一) 療養費 (請求 金二一一万三〇六〇円) 金五七万二一一二円

(1) 山本整形外科の未払治療費

(ただし、昭和六三年八月から平成二年一月までの分)

(請求 金二〇七万五四八〇円) 金五六万五〇一二円

(a) 原告加代子の山本整形外科における未払治療費が金二〇七万五四八〇円であることは、当事者間に争いがない。

(b) しかしながら、同人の山本整形外科における本件相当治療期間が昭和六三年三月二八日から同年九月三〇日までであることは、前記認定説示のとおりである故、右未払治療費においても、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての治療費は、同相当治療期間内の治療費に限定されるというべきである。

しかるに、右未払治療費は昭和六三年八月から平成二年一月までの分であることは、原告加代子自身の主張から明らかであるから、右説示によれば、本件損害としての右未払治療費は、原告加代子の同主張期間中の昭和六三年八月、九月分の合計額のみとなる。証拠(甲一四の1、乙三の6、7、弁論の全趣旨。)によれば、原告加代子の山本整形外科における昭和六三年八月、九月分の治療費の合計額は、金八〇万七一六〇円であることが認められる。

(c) ところで、被告らにおいて、原告加代子の山本整形外科における治療費は高額過大であり、その原因は同整形外科の同人に対する本件運動療法及び作業療法の診療報酬算定、即ち、現実には簡単療法しか実施していないのに複雑療法を実施したとする診療報酬算定にある旨主張している。

確かに、証拠(乙三の6、7、四、五。)によれば、山本整形外科が、右治療期間内に、原告加代子に対して運動療法及び作業療法を実施し、同各療法に対する診療報酬として複雑療法による点数によるそれを算定していることが認められる。

しかして、被告らの、山本整形外科における右診療報酬算定に関する主張事実を裏付けるに足りる証拠は、原告加代子本人の供述(一、二回)以外にないところ、同人の同供述のみでは、未だ被告らの右主張事実を肯認するに至らない。

蓋し、原告加代子は医学的知識に乏しく、山本整形外科において受けた運動療法及び作業療法の内容を正確に供述しているとは認め難いからである。

よつて、被告らの右主張事実は、これを肯認するに至らず、同主張事実に基づく主張は、理由がなく採用できない。

(d) しかしながら、安藤医師に医療過誤に相当する治療があつたこと、それが、原告加代子の山本整形外科における本件相当治療期間にも影響を与えていることは、前記認定説示のとおりである。

しかして、右認定説示にしたがうと、安藤医師の右医療過誤は、原告加代子の山本整形外科における治療費の増加拡大に寄与しているというべく、したがつて、被告らが同治療費について責任を負うのは、安藤医師の同寄与分を控除した残部分というのが相当である。

そこで、安藤医師の右寄与分を検討すると、前記認定の事実関係からすると、同寄与分は、全体に対して三〇パーセントと認めるのが相当である。

(e) 右全認定説示に基づくと、被告らが負担する原告加代子の山本整形外科における未払治療費は、合計金五六万五〇一二円となる。

80万7,160円×0.7=56万5,012円

(2) 神戸市立中央市民病院の治療費 (請求 金一万六七八〇円)

原告加代子の右病院への通院が本件事故と相当因果関係に立たないことは、前記認定説示のとおりである。

右認定説示に基づくと、同人の右病院における治療費も、本件損害と認めることはできない。

(3) 右病院への通院交通費 (請求 金三七〇〇円)

原告加代子の右主張事実も、右病院の治療費の場合と同一理由により、これを本件損害として肯認できない。

(4) 安藤医院診断書費 (請求 金三五〇〇円) 金三五〇〇円

証拠(甲一三の1、2。)によれば、原告加代子は、安藤医院に対して、診断書一通分の費用として、金三五〇〇円を支払つたことが認められる。

右認定事実に基づけば、右金三五〇〇円は、本件損害と認める。

(5) 合原病院通院交通費 (請求 金三六〇〇円) 金三六〇〇円

原告加代子は、本件受傷である歯牙欠損治療のため、合原病院へ通院(実治療日数一二日)したこと、同人の同通院期間も本件相当治療期間と認めることは、前記認定のとおりである。

しかして、弁論の全趣旨によれば、同人は、右通院のため、合計金三六〇〇円の交通費を要したことが認められる。

右認定各事実に基づき、右交通費合計金三六〇〇円も、本件損害と認める。

(6) 診断書・診療明細書等費用 (請求 金一万円)

原告加代子の右主張請求は、その内容が特定されていない。

よつて、右主張請求は、これを肯認し得ない。

(7) 本件療養費の合計額 金五七万二一一二円

(二) 休業損害 (請求 金一三二万四〇〇〇円) 金九六万六四一一円

(1) 原告加代子の本件受傷の具体的内容及びその治療経過、同人の本件相当治療期間が、昭和六三年三月九日から同年九月三〇日までの合計二〇六日であること、同人の山本整形外科におけるギブス固定が除去されたのが同年五月一九日であることは、前記認定のとおりである。

(2) 証拠〔甲四、原告加代子(一、二回)、弁論の全趣旨。〕によると、原告加代子は、本件事故当時、六一歳で、原告理とともに生活し、家事全般の処理に当たつていたこと、原告加代子は、右認定の本件相当治療期間中本件事故当日から山本整形外科におけるギブス固定の除去までの間の七二日間、同家事処理に全く従事できなかつたこと、同人は、同年五月二〇日から同年九月三〇日までの一三四日間、同事故前における家事処理の二分の一しかなし得なかつたことが認められる。

(3) 右認定各事実を総合すると、原告加代子にも、本件損害としての休業損害の存在を肯認すべきところ、同休業損害算定の基礎収入には、昭和六三年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の全年齢平均賃金年額金二五三万七七〇〇円を採用するのが相当である。

(4) 右認定各事実を基礎として、原告加代子の本件損害としての休業損害を算定すると、金九六万六四一一円となる(円未満四捨五入)。

(253万7,700円÷365)×72≒50万0,578円

〔(253万7,700円÷365)×134〕÷2≒46万5,824円

50万0,587円+46万5,824円=96万6,411円

(四) 後遺障害による逸失利益 (請求 金一九九万二〇〇〇円)

(1) 原告加代子に障害等級一三級四号該当の後遺障害(歯牙欠損)が残存することは、当事者間に争いがない。

(2) 原告加代子は同人において本件後遺障害によりその労働能力を喪失したとして同後遺障害による逸失利益を主張請求している。

しかしながら、後遺障害による逸失利益を肯認するについては、単なる労働能力の喪失のみでは足りず、労働能力の喪失による実損の存在を要すると解するのが相当であるところ、本件において、同人の本件後遺障害の内容である歯牙欠損が、同人の将来の労働能力に対してどのような影響を与えるのか、同人がそのためにいかなる程度の減収を来すのかについては、具体的な主張・立証がない。即ち本件においては、原告加代子の本件後遺障害による逸失利益につき、これを肯認するための基礎事実の主張・立証がないことに帰する。

よつて、原告加代子の右主張請求は、理由がない。

(四) 慰謝料 (請求 金三〇〇万円) 金二六〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づけば、原告加代子の本件慰謝料は金二六〇万円と認めるのが相当である。

(五) 原告加代子の本件損害合計額 金四一三万八五二三円

2  原告理関係

原告理が原告加代子の夫であること、原告加代子が本件事故により受傷したことは、当事者間に争いがなく、同人の本件受傷の具体的内容及びその治療経過、同人の本件相当治療期間等は、前記認定のとおりである。

(一) 逸失利益 (休業損害)(主位的)(請求 金一七四三万円)

原告理は、同人において原告加代子の治療期間中同人の付添看護に当たり、その間当時従事していた業務に従事し得ず、その結果、原告理において得べかりし利益を失つた(休業損害)旨主張している。

しかしながら、原告加代子の本件治療経過が入院でなく通院であることは前記認定から明らかであるし、更に、証拠(原告理本人、弁論の全趣旨。)によれば、原告理の本件事故当時の業務は、同人の住所で行つていたことが認められ、右認定各事実に照らすと、原告理には、ある程度の時間的融通性があつたことが推認され、その主張する時間内に全く業務に就くことができなかつたとは認め得ない。

したがつて、原告理が本件休業損害算定の基礎として主張する就業し得なかつた期間及び時間は、にわかに採用することができない。

結局、原告理の右主張請求は、その余の主張事実につき判断するまでもなく、同人が就業し得なかつた期間及び時間の特定の点で理由がない。

(二) 付添看護費(予備的)(請求 金五一四万三八三六円) 金二八万八〇〇〇円

(1) 原告理が原告加代子の夫であることは、当事者間に争いがなく、原告加代子は、原告理との二人暮らしであること、原告加代子の本件事故当時の年齢、同人の山本整形外科におけるギブス固定が除去されたのが昭和六三年五月一九日であつたこと、同人において家事の処理が全くできなかつたのは、本件事故日の同年三月九日から同ギブス除去日までの七二日間であつたことは、前記認定のとおりである。

しかして、証拠〔原告加代子本人(一、二回)、原告理本人、弁論の全趣旨。〕によれば、原告加代子は、右七二日間、原告理の付添看護がなければ生活できなかつたこと、即ち、原告理が、右期間内原告加代子の食事・就寝等の世話一切を行つたことが認められる。

(2) 当事者間に争いのない右事実及び右認定各事実を総合すると、原告加代子の本件受傷治療は通院であつたが、原告理に、本件損害としての自宅における付添看護費を認め、その金額は、右七二日中一日金四〇〇〇円の割合による合計金二八万八〇〇〇円と認めるのが相当である。

(三) 慰謝料(請求 金五〇万円)

(1) 原告理が原告加代子の夫であることは、当事者間に争いがなく、原告加代子の本件受傷の具体的内容及びその治療経過は、前記認定のとおりである。

(2) 原告理は、原告加代子の本件受傷に基づく精神的苦痛を理由に本件慰謝料を主張請求している。

しかしながら、、第三者の不法行為によつて身体を害された者の配偶者及び子は、そのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、又は同場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときに限り、自己の権利として慰謝料を請求できると解するのが相当である(最高裁昭和四二年六月一三日第三小法廷判決民集第二一巻第六号一四四七頁参照。)ところ、本件においては、前記認定の全事実関係に基づいても、未だ原告理が同説示にかかる程度の精神上の苦痛を受けたものと認めるに至らない。

よつて、原告理の本件慰謝料の主張請求は、その余の主張について判断するまでもなく、右説示の点で、既に理由がない。

(四) 原告理の本件損害額 金二八万八〇〇〇円

三  損害の填補(ただし、原告加代子関係)

1(一)  原告加代子が本件事故後自賠責保険金金一三七万円(後遺障害関係)を受領したことは、当事者間に争いがない。

(二)  しかして、証拠(甲九の1、乙三の1ないし5。)によれば、被告らは、本件事故後、原告加代子の山本整形外科に対する治療費(昭和六三年三月分ないし七月分)合計金二二六万四七八〇円を支払つたことが認められる。

ところで、被告らは、右既払治療費合計金二二六万四七八〇円についても、その内本件事故と相当因果関係に立たない金額を本件損害の填補として原告加代子の本件損害から控除すべきである旨主張している。

しかして、被告らは、山本整形外科の前記高額治療費に関して右主張ををするものと解されるところ、山本整形外科の右高額治療費に関しては、前記認定説示のとおりであり、右認定説示に基づくと、右既払治療費においても、本件事故と相当因果関係に立つ部分とそうでない部分とを明確に区別することができない。

したがつて、被告らの右主張にしたがうとしても、右既払治療費中原告加代子の本件損害から控除する部分を特定をすることができない。

よつて、被告らの右主張は、右説示の点で理由がなく採用できない。

2  結局、原告加代子の本件損害に対する填補は、同人が受領した前記自賠責保険金金一三七万円のみということになる。

そこで、右受領金金一三七万円を、原告加代子の前記認定にかかる本件損害合計金四一三万八五二三円から控除すると、その後の同損害は、金二七六万八五二三円となる。

四  弁護士費用 (請求 原告加代子分金八五万円、原告理分主位的に金一五〇万円、予備的に金五〇万円)

前記認定の本件全事実関係に基づくと、本件損害としての弁護士費用は、原告加代子分金二八万円、原告理分金三万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上の前認定説示を総合すると、原告らは、被告らに対し、各自、原告加代子において本件損害合計金三〇四万八五二三円及び弁護士費用金二八万円を除いた内金二七六万八五二三円に対する本件事故日であることが当事者間に争いのない昭和六三年三月九日(以下同じ。)から、弁護士費用である内金二八万円に対する本判決言渡の翌日であることが本件記録から明らかな平成五年八月一一日(以下同じ。なお、この点は、原告加代子自身の主張に基づく。)から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を、原告理において本件損害合計金三一万八〇〇〇円及び弁護士費用金三万円を除いた内金二八万八〇〇〇円に対する昭和六三年三月九日から、弁護士費用である内金三万円に対する平成五年八月一一日(この点は、原告理自身の主張に基づく。)から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を、それぞれ有するというべきである。

よつて、原告らの本訴各請求は、右認定の限度で、それぞれ理由があるから、いずれもその範囲内でこれらを認容し、その余はいずれも理由がないから、これらを棄却する。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六三年三月九日午後〇時五〇分頃

二 場所 神戸市灘区深田町五丁目一番地先路上

三 加害(被告)車 被告金運転の普通乗用自動車(タクシー)

四 被害者 被告車から下車した原告加代子

五 事故の態様 被告車の乗客であつた原告加代子が、右事故現場において、停車した被告車から下車したところ、被告金が、被告車の左後部ドアーを閉じたため、同原告の着衣の右袖等が被告車の同ドアーに挟まれ、しかも、その状態のまま、被告金が、被告車を急発進させたため、同原告が引きずられ、路上に転倒した。

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